芽の出る場所に

by 五味 洋子


工場は甲府空襲による爆撃をを受けたため、戦後立て直しました。
なので築70年ほど。大慌てで建設したのか、梁は鉄骨などで補強されています。雨漏りも心配になってきたので、昨年朽ちた屋根と壁の一部を改修しました。
工場は仕切りがないので、見上げるとどーーんと梁が巡っているのが印象的。かっこいいんだなー。

今日は電気工事に向けて、梁の掃除を。
五味醤油は、元々醤油と味噌の醸造と販売、あと酒販もしていました。私の小さいころはタバコの販売もしていたから、まちの商店のような役割だったのかな。でも時代の流れとともに、生産や物流が変わり、醤油製造をやめ、酒販をやめ、タバコをやめ、気づいたらみそ屋になっていました。会社の規模も売り上げも繁栄時の半分ほど、いやそれ以下かも。
細々と、取捨選択してこれまで事業をしてこれたのは、ちゃんとものづくりをしてきたこと。そして、ずっとまちのみそ屋のみそを買い求めてくれた人たちがいたから。それに違いない。スーパーやネット、どこでも好きな時に好きな場所で好きなものを変えるコンビニエンスな時代に本当にありがたい。
たくさん作れないし、安くもできないし、流通もそんなにできないけど、ものを売るだけでなく文化を継承してきたから今あるんだろうな。どこかのタイミングで大量生産、大量消費だといって設備投資して、ラインを整えていたらきっと個性のある味のあるみそなんて作れなかったし、今生き残っていなかっただろう。
って言うとすごく戦略的に今のやりかたになってきたような印象だけどそういうわけじゃない。なるようになってこうなったと思う。
出来ることを出来る範囲でする。そんなポリシー?があったから今があるはず。

醤油作りに使っていたスペースも放置していましたが、やっと片付け改修しました。
でも今の私たちには、みそ、こうじそして、その文化を体験を通して伝えていく場所KANENTEがあるので、場はもう十分。ならば、改修した場所は、自分たちが使うのではなく、誰か他の人が使う場所とすることにしました。新しいスペースTaneという空間は、テナントとして別の事業者に活用してもらいます。私たちにできることは、場所を直し、提供し、新たな文化を耕すお手伝いをすること。
150年この場所でずっと事業をしてきたので、
次は還元していくことも必要なのではと。

Taneという場所は種。この空間でいろんな種が芽生えて、事業者が、この街が、関わる人たちや文化が芽吹いていくそんな場所になりますように。と願いを込めて。
どんなテナントが入るのかはまた。今後。
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Tane vol.0
焙煎する前

この記事を書いた人 五味 洋子

発酵兄妹(妹)三兄妹の末っ子として生まれ、高校卒業まで甲府市で育つ。東京農業大学醸造科学科を卒業後、2009年ライフスタイル提案会社に就職。社員食堂の立ち上げや、新規事業部で商品企画を担当。2013年山梨へUターン。2014年五味醤油入社。六代目を務める兄仁と二人三脚で奮闘中。WEBマガジン〔大人すはだ〕コラム連載。YBSラジオ〔発酵兄妹のCOZYTALK〕出演中。